日本で音楽家や美術家を目指す学生にとって、東京藝術大学は大きな目標の一つです。上野公園の中にあり、動物園でも有名な場所です。
私が受験した当時、学科試験は共通一次試験の国語と英語でした。決して得意ではありませんでしたが、合格ラインには達していたようです。
ヴァイオリンの実技試験は一次試験と二次試験がありました。
一次試験では、24調の音階から1調が指定され、ガヴィニエのエチュード、そしてバッハ無伴奏ソナタ第3番のアダージョを演奏しました。音階は単音だけでなく、重音も含まれていました。
現在であればニーマン先生から学んだ奏法で弾くことができますが、当時はそのような知識もなく、手探りで練習していました。
二次試験はパガニーニのヴァイオリン協奏曲第1番第1楽章でした。当時の私にとっては大変難しい曲で、それまで経験したことのない挑戦でした。
私が目指していたのは、音楽家になることそのものよりも、ヴァイオリンをもっと上手になりたい、そして続けていきたいということでした。その一心で練習を続けました。
当時、私は団地暮らしで、高価な楽器を所有していたわけではありません。受験には厳しい環境でしたが、匿名の方からイタリア製の名器をお借りすることができました。また、その楽器に合う弓を祖父母が積み立ててくれていた学資保険で購入しました。
三次試験は楽典、ソルフェージュ、ピアノでした。
楽典は高校の授業の合間に勉強しました。
ピアノとソルフェージュは、小学生の頃から黒田始子先生、そして静岡大学の根木真理子先生にご指導いただきました。ソルフェージュでは初見視唱、和音聴音、単旋律聴音を繰り返し学びました。根木先生には五線紙が束になるほど課題を出していただきました。
ピアノは好きだったこともあり、比較的自然に取り組むことができました。
試験本番では、技術的にはまだまだ未熟でしたが、自分としてはこれ以上ないほど集中して準備できたと思います。私立音楽大学への進学は経済的に難しかったため、東京藝術大学合格に向けて必死でした。
結果として、どうにか合格することができました。
そのとき澤和樹先生が、
「これで食べていけるな」
と喜んでくださったことを、今でもよく覚えています。
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